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小説は意識で変わる~その一~文章が上手いのは当たり前
初心者の小説で多く目にする問題は、まともな日本語ではない文をしばしば目にするということです。

日本語が喋れることと、ちゃんとした日本語が書けることはちょっと違うんですね。

単行本くらいの文字数で二ページに一箇所くらい少しおかしな日本語があるだけで、読んでいて苦痛になります。
よほど書き慣れた人でない限り、一箇所くらいはみんなあると言っても良いくらい、正しい文章を書くのは難しいものなのかもしれません。
書き慣れていない人ほど、ひどい傾向があります。

小説というのは特にこれという道具を必要とせず、訓練しなくてもそれっぽい(と自分が思える)ものは書けてしまいます。
その弊害ですね。

簡単に言うと、練習、訓練をしようとしないのです。

日常で使っている言葉を使っているだけですから、そんなことをしなければならないとは思わないのでしょう。

それは大きな間違いです。

素人が使う文章と小説家が使う文章は別物です。

例えば、私は絵がものすごく下手です。
自分で吃驚します。下手したら幼稚園生の方が上手いです。
でも、五体満足ですから、描けるか描けないかといえば、描けます。
じゃあ、あとは設定やキャラやストーリーが抜群ならプロの漫画家になれるでしょうか?
描いていればさすがに上手くなりますしね。

どうでしょうか?

ばか野郎!
という話ですよね。

漫画家になるには人より絵が上手くなくてはいけませんよね。
そのためには、ちゃんとデッサンを学んだり、学生の頃は授業中ずっと絵を描いていたとか、努力しないと駄目ですよね。

小説だって同じですよ。

ちゃんと勉強して、練習しないと、上手くなりません。
でも、それを分かっている人はごくわずかです。

なぜでしょうか?

小説は、絵のように一目で上手い下手が分からないからですよね。

さらに、文章にはその人の性格がかなり色濃く表れますし、書き手の感情も入ってしまいます。
それゆえに、客観的に見ることが困難です。
客観的に見えないので、自分では結構良く書けている、と思えてしまうのです。

驚くほど独りよがりな文章を目にしたことのある方も多いでしょう。
しかし本人はそんなことは思いません。
思わないから書けるのです。

だからこそ、勉強しよう、練習しよう、ということを考える人がわずかしかいないのです。

もしあなたが初心者のレベルであるなら、同じ初心者から頭一つ出る良い方法があります。
勉強し、練習することです。

家に小説や文章の書き方、上手くなるというたぐいの本が一冊もないのだったら、その他大勢のできないグループだと思っていいでしょうね。
勉強してください。
まずは知識を得ないと、使えるものも使えません。
本を読んでください。
良い文章、上手い技術を知らないと、身に付きません。

そして、努力をしてください。
努力したくないのなら、小説は趣味程度にとどめ、なるべく人の目に触れさせないことです。
読む人が可哀想ですから。

日記をブログで発表するのとは違うのです。

極論気味ですが、ストーリーがどうとか、キャラがどうとか、テーマがどうとか、そんなことはどうでも良いのです。
まともな文章が書けないと、全部台無しなんです。
だって読んでもらえないのですから。
まず、上手に文章を書くこと。これは人に読んでもらうための最低限の礼儀です。
それを飛ばしてはいけません。

読み手なしに書き手は存在できません。
そういう当たり前のことを肝に銘じて、当たり前のことをやる、それができないなら、小説を書く資格がないと言わざるを得ないわけです。
面白くもないし下手な小説を読むことは、時間が奪われるだけ迷惑なことなのです。

文章の善し悪しは自分では判断が難しいですから、人に聞くしかないですし、上手くなるまで人に読ませるなということでもありませんよ。
練習を積んだ問題のない文章を書くことは最低限の礼儀であり、そうではない文章を読ませるのは迷惑なことなのだ、という意識が大切なのだということを言っているのです。

ですから、初心者が最初にしなくてはいけないことは、人にちゃんと読んでもらえるような文章を書こうということを意識することです。
そして当然、そのための努力をしながら小説を書くことです。

そうするだけで、小説を書く人の中の、良い方の半分に入れるでしょう。

その過程でまだ上手く書けないのであれば、それは全然かまいません。
意識して努力していれば、最初は下手でも、ほんの数作品で見違えるほど上手くなれますから。

意識を持たずに書いても、時間と労力の無駄なのです。
いくら書いてもたいして上達しないからです。
私にも身に覚えがありますし、そういう人がほとんどです。

そうなってはいけません。
これを読んでいる方は小説が上手く書けない方だと思います。
それなら肝に銘じてください。

あなたがしなくてはいけないのは、書きたい小説を書きたいように書くことではないのです。
勉強し、練習をすることです。
スタートラインを間違えず、道を誤らなければ、小説が上手いと言われることは簡単なことなのです。

それを可能にするには、やるべきことを知ることと、やろうと意識することです。

そういう意識を持って小説を書いている人と、ただ、書きたいことを思うままに書いている人では、一年後、二年後に歴然の差が生まれます。

どうせ書くなら、一作一作確実に成長したくはないですか?

そのためには、知らなくてはいけません。
今自分が何をすべきなのか。
初心者の方なら、最初はこれです。
良い文章とはどういうものか、まずは知識として知っておくことです。
小説読むときも、一般読者と同じ目線で小説を楽しんでいるだけでは、もったいないです。
プロの上手さを知ることです。
こういうところが上手いなあ、と思うだけで十分です。
気づけているということですから。

できれば、文章作法、小説の書き方の本は世に溢れていますから、どれでも良いので、一冊くらいは買ってください。
ネットで「小説の書き方」で検索すれば、丁寧に基本的なことを教えてくれているサイトがたくさんありますが、身銭を切って一冊くらいは手元に置いておきましょうよ。

色々なことが書いてありますけど、とても全部は覚えられません(笑)。
すべても自分のものにし、実践せよ、などということはとても言えません。

しかし、ここが大切です。
そう、意識してください。
本を読んで覚えていること(それはあなたにとって一番必要なことのはずです)を一つか二つで十分です。
覚えていることを意識しながら、一作書いてみてください。

意識したその作品から、あなたの作品は変わります。

嘘だと思うなら、やってみてください。
一作一作上達していくということがどういうことか、実感できると思います。


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小説は意識で変わる~その二~読者意識を持つ


アマチュア小説家で、初心者の域を出られない方の小説に共通している悪い点が二つあります。

一つ目は文章がなっていないということ。
これは前に書きました。

二つ目は読者意識がないということ。
これを今回お話しします。

どちらもできてなくてはいけない当然のことなのに、できている人が少ない、という事柄です。
どちらもできている人が少ないがために、読める小説も少ないのです。

逆に言えば、どちらもできていれば、それなりに読める小説になっているはずなのです。
つまり、初心者のレベルを卒業できるということです。

しかし、できる人が少ないだけの理由があります。

演劇をやっている人や音楽をやっている人は簡単ですよね。
何しろ目の前にいますから、意識しないわけがありません。

小説は、目の前に家族がいても落ち着いて書けないくらいで、一人で紙か画面を見つめながら書くものです。
いない人を意識しろと言うのですから、ちょっと不利です。

意識しろと言っても簡単なことではありません。
読者を想像しろと言われても、頭の中は登場人物たちで一杯です。
小説に登場しない人物を想像する余裕はありませんよね。

しかしながら、想像できないはずなのに、ちゃんと読者を意識した小説を書いている人と、独りよがりな小説を書く人と、明確に分かるほどはっきりと別れています。

登場人物を頭の中で想像しているときに、読者を同時に想像することはできないはずなのに……。

実は、読者の顔を想像しているわけではありません。
読者がこの文章を読む、ということを知っているのです。
小説が読者に読まれて初めて成立すると言うことも。
前にも言いましたが、知ることが大事なのです。

知っているから、構想を練っているとき、実際に書いている最中に読者を意識するのです。

どのように意識するのか?
例えば、すごくかっこいいセリフを主人公が言う場面を書くとします。

読者意識がない人は、どういう状況でどういうことを言わせたらかっこいいセリフになるか頭をひねらせて、自分で「これはかっこいい」と思えたらそれを文章にします。

読者意識がある人は、どういう状況でどういうことを言わせたら読者がかっこいいと思うセリフになるかに頭を悩ませて、「これならかっこいいと思うに違いない」と思えたら文章にします。

こうやって比べたら明確ですよね。

これを読んでいるあなたはどちらですか?

ほとんどの方が前者です。
後者になることは容易ではありません。
やってみれば分かります。
思い出したときしかできません(笑)。

でも、後者になってしまえば、できる方の少数に入れるので、ライバルは一気に減ります。
それがどういうことかはお分かりでしょう。

当然それを目指しましょう。
それでやっとスタートラインですから。


小説を書く時は、登場人物を想像しますね。登場人物は、その世界で行動し、考え、悩みます。
その時は、その世界を大切にし、読者を挟む必要はないと思います。

それを文章にする時、それはつまり、頭にある想像の中にしかない世界を現実の世界に変換する時です。
その時に、読者意識というフィルターを通すのです。

難しいことのようですが、そうでもありません。

私たちが言葉を頭の中で考えるとき、漢字では考えません。
「わたしはばかです」
と考えた時、「私」なのか「ワタシ」なのか意識していません。「馬鹿」なのか「ばか」なのか「バカ」なのか、そんなことは気にもしません。
でも、文章にする時は、それを気にしますよね。

小説を書く人で、漢字でも平仮名でもカタカナでも何でも良い、気にもしない、という人はいないかと思います。
それを意識することを苦痛とも思っていないでしょう。

同じように、読者を意識するこということは、自然にできるようになります。
頭の中の世界では気にもしていないけど、それを文章に落とし込む時に、意識していけばいいのです。

漢字にしようか、平仮名にしようか、と思うように、こうした方が読者に分かりやすいんじゃないだろうか、こうすれば読者をもっと引きつけられるのではないだろうか、ということを考える訓練をしてみてください。

登場人物を考える、ストーリーを考えるというところから読者を意識しようとすれば、意識してなかった作品とは比べものにはならないくらい成長します。


小説は意識で変わります。

そんなことを言っているのは私だけだと思います。
しかし嘘ではありません。
何人もの人の意識を変えて、それで成長している姿を見ていますが、そんなことを私が自分で言っても証明にはなりません。
それを証明できるのは、信じて実践して下さる方だけです。

実践してみてください。
やってみても実感できなかったら、何かが間違っているのでしょう。
今回も責任を取って、無償で小説を読んで、アドバイスします(^^;


しかし、スポーツ漫画ではそれを言っている物がありますね。
例えば、「風光る」という野球漫画では、一塁からホームまでダイヤモンドを回れと監督が言います。ただし、その一歩、ベースが踏めたかどうかで試合が決まる、という意識を持ってベースを回れと指示します。
それまでただ走っていただけの練習が、身になる意味を持った練習に変わりました。

「拳児」という拳法漫画では、まったく同じ動作でも、秘伝を教える者には、動作の本当の意味を教えると言っていました。
つまり、動作に与える意識こそが、秘伝なのです。

小説も例外ではないと私は信じています。
同じ書くという作業でも、意識を持って書くのと意識しないで書くのとでは、まったく違います。

私は、小説を書く人みんなに上手くなって欲しいと変なことを思っています。
ですから、この文章を読んだ方は、これも縁だと前向きに思って頂いて、前回の上手い文章を書こうという意識と、今回の読者意識、この二つの意識を持つということを実践して頂きたいなと思います。

必ず変わりますから、だまされたと思って、試してみてください。


最後に、私が良く読者意識を持ってもらうためにする話をしましょう。

やはり、小説を書く以上、プロになって印税でがっぽり稼ぎたいという希望は多くの方が持っているはずです。
しかし、そのためにどのくらいの読者が必要かということまで考えている方は案外少ないものです。

新人賞を取った作家のデビュー作は、三千部と言われています。
とても全国の書店に並ぶほどの数ではありません。平積みもできません。
印税も大したことはありません。二ヶ月持たないでしょう。
三千ではとても満足のいく数字とは言えませんよね。

では、ちょっと想像してみてください。
自分の目の前に三千人の人がいると。

全校生徒で何人でしょうか?
その何倍ですか?
東京の満員電車で三百人くらいでしょうか。
その十倍です。

かなりの数ですよね。
その人たちを目の前にして、自分の小説を朗読することを想像してください。

どうでしょうか?
自分の小説はそれだけの人の前で朗読するに堪える代物でしょうか?

たった三千でも、もっと良いものを書かなくては、と思いますよね。

ミリオンセラーなんてすごいです。百万人なんて数は見たこともありません。
私は東京ドームのライブで六万人が最高ですが、その六万人を前にして自分の小説を自信を持って読めるか、と言われたらどうでしょうか?
しかし、プロになるということは、そういうことなのです。

東京ドーム一杯の人たちが、自分の書いた小説に笑い、感動してくれたら、それはとても幸せなことですよね。
その喜びを持つことも、読者意識を持つ上でとても大切なことです。

三千だろうが、六万だろうが、百万だろうが、堂々と読めるような小説を書くこと、そういう意識を持つこと、それが読者意識を持つと言うことなのです。


さあいかがでしたでしょうか?
あなたの小説を良くするための種をまいたつもりです。
試しに水をやってみてください。
きっと損はしませんよ。



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思いやりに属する想像力

今回は、空想と想像の違いから、想像することの大切さ、それも思いやりという想像力の大切さについてお話したいと思います。

辞書を引くと
空想=「現実にはありそうにもないことをあれこれ頭の中で想像すること」
想像=「頭の中に思い描くこと。既知の事柄をもとにして推し量ったり、現実にはありえないことを頭の中だけで思ったりすること」
とあります。

想像の範疇に空想も入っているようです。

小説を書く時に使う場合、「ありそうにもないこと」なのか、「既知の事柄をもとにして」なのか、というのがポイントになるでしょう。

小説の場合、空想も大事です。
空想から始まるといっても良いくらいかもしれません。

しかし、空想だけでは小説は書けません。
無から有を作るのは空想ですが、それに生命を吹き込むのは想像です。

アマチュア小説で、登場人物の言動に必然性や説得力がなかったり、作者の都合のいいように操られている人物を目にしたことがある方は多いでしょう。
心当たりのある方も少なくはないかもしれません。

その原因は、想像力の欠如です。

世界を作り、登場人物を生み出し、彼らを動かしていくことは空想だけでできます。
ただし、彼らが作者の都合通りにしか動かない「人形」になるのか、一個の人格を持った「人間」になるのかは、作者の想像力によって決定されます。

想像力がなければ、紙に書かれただけのペラペラの「人形」にすぎません。
想像力があれば、読者は自分と同じ人間と感じ、感情移入をしてくれます。生きた「人間」と認められるのです。そうなれば、作者が書く以上に読者の中でその人物は動いてくれます。

このように想像力は大切です。想像力を持ちましょう!

と言われても、具体性がなくて、どうしたらよいかさっぱり分かりませんね。

想像力と言っても漠然としていますし、どうすれば空想が想像になるのか、それがはっきりしないことにはどうすることもできません。

私がよく言うのは、「思いやりに属する想像力」です。
想像しろと言っても、小説を作る時点で想像しているので、もうしていると言われてしまうのです。
だから私は、思いやりという想像力を使ってくれと言います。

思いやりというのは、ご存じの通り「その人の身になって考えること」です。
「その人」とは「登場人物」です。
主人公だけではありません。すべての登場人物です。

実は、これができていない人は意外と多いのです。

ストーリーを進めること、自分の意図している方向にストーリーを持っていくこと、作者はそういう意識で書き進めようとしますから、自分の意図したように話し、行動させようとするのです。
まあ当然のことです。

そして、主人公には自分も感情移入しているので、ほぼ、その人の身になって考えることはできるのですが、他の人物になると、都合のいいように動かしてしまう傾向があります。

その結果、読者が納得できない行動をし、首をかしげるようなセリフを言い、感情移入ができない「人形」と化してしまうのです。

「その人物の立場に立って考え、その人物だったら言うべきことを言わせ、すべき行動を取らせる」
そうすればいいのです。
が、口で言うのは楽ですが、実践してもらうのは楽ではありません。

大切さは分かると思います。
誰だって、感情移入できない人形よりは共感できる人間を書きたいはずです。

大切さを説明し、書く時にその人物の身になって考えてください、と言えば、その意識を持って書いてくれそうですが、なかなかそうはいきません。
これは得手不得手がはっきり出ます。
性格が左右するからです。

できる人は上の説明だけで、できるようになっていきます。
苦手な方は、なかなかうまくいきません。

うまくいかなくてもやるしかないのですから、やってもらうしかありません。
人によって得手不得手はありますが、なるべく先を急がず、登場人物を一個の人間としてまず作者が愛し、丁寧に書いていけばできるはずです。
苦手な方は、人物の設定を人よりも詳しくやってみてください。それで大分変わるはずです。

私が無責任に言えるのはこのくらいです。


ちなみに、私が責任を持ってそれを直そうとする場合は、おかしいと思う一場面を引き合いに出して、いちいち細かく質問していきます。
そうすると、いかに何も考えずに人物を動かしていたかが分かってしまいます。
その後、今度はおかしなことをした人物の身になって考えてもらいます。
そして、同じ場面を書いてもらいます。
それによっていかに変わるか実感してもらえれば、意識もできてきます。

成功体験を積んでもらうというマネジメントの手法ですね。
これは重要なことです。
こうすればうまくいく、ということが分かれば、人は自信を持って変われますから。



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テーマは必要か?
アドバイスを受けた方からの質問がありました。
了解を得て、それに答えたものを書き直したものです。

【質問】
テーマを考えて小説を書いていません。
テーマは必要でしょうか?

【答え】
一言で言えば、必要です。

例えば木の葉が一枚落ちたシーンを書いたとします。
それを見て登場人物が何と思うか?
「もの悲しい」と思うのか、「これで来年新しい芽が出る」と思うのか、様々あるでしょう。
仕事を熱心にする人をどう描くのか?
「情熱的なできる人」と魅力的に描くのか、「人生に仕事しかない悲しい人」と描くのか、正反対にも描けます。
様々ある中からどれを選択するのか、その指針となるのがテーマです。
小説に必要のないものは木の葉一枚書いてはいけないと言われるのは、そのためです。

テーマというと主義主張という印象もあり、悪いイメージもありますが、「これをこの小説で言っています」という旗印というわけではありません。
物語の根底に流れていて、ストーリーを動かしている原動力でもあるわけです。

テーマがないとどうなるでしょう?
主人公の言動を決めるのは作者の思いつきになって、統一感がなくなります。
その結果、共感を得られなくなります。
共感ができなかったら、小説を面白いと感じることはできません。

内容が薄いと言われるライトノベル、ファンタジーのようなジャンルにだって必要なものです。
例えば、ドラゴンクエストⅠのような、内容的には非常に薄いストーリーを例にしましょう。
勇者が謎を解きながら、姫を助け、最後は悪を倒す、というそれだけのものです。
作者がなにをこの中で書きたいのか?
それによって一番変わるのはラストです。
例えば、「愛を書きたい」とします。それは人類愛であり、ローラ姫との愛でもあります。その場合、やはりラストは、ローラ姫と結ばれて、めでたしめでたし、となるでしょう。
これが、「戦う男の姿を書きたい」と思って書いたとしたらどうでしょう?
ローラ姫と相思相愛でも、新たなる世界へ旅立つ、という終わり方になるかもしれません。

このように、変わってしかるべきであり、どの選択肢を選ぶのかの基準になるのがテーマなのです。


小説には、出来事と結果があります。
どんな出来事に遭わせるのか、その結果どうのなるのか、その選択肢は多岐にわたり、その選択の結果が面白さを決めると言っても良いでしょう。

テーマを全然考えないで書いていると、選択をする基準がないわけです。思いつきしかないですよね。
テーマを考えていると、テーマに合った選択肢を考えますし、この小説にベストだと思える基準があるので、良い選択ができます。

よくテーマが深いとか浅いと言いますよね。
つまり、この基準がどれだけしっかりしているのか、ということでもあるのです。
そして、深く考えるほど、選択肢が増えます。考えていないと、選択肢が少ないので、安易な方向へしか行かないのです。

テーマを考えない素人小説を注意深く読んでください。
まず、出来事が安易になっているはずです。そして、その結果も「ふーん」くらいにしか思えないものになっていると思います。
苦労して書いたのにそれで悲しいじゃないですか。


小説には「出来事」と「変化」が必要です。
それが何なのか、というのがキモです。
その選択肢を広げ、また、決定するのがテーマなのです。


だから深く考えなくてはいけないのだ、と言っても、なかなかできるものではありません。
訓練の方法はあると思います。
逆の手段をとればいいんですね。

どんな選択肢があるのか、箇条書きにしてみるのです。
ローラ姫を助けました。で、その後どんな選択肢があるか書き出してみる。
真っ直ぐ城に帰る、宿に泊まって楽しんじゃう、けんかする、一騒動起こして愛を深める、考えればたくさん出てくると思うのです。
それだけでも考える訓練になります。
そして、その中から何を選ぶのか、という時に、テーマを意識してみてください。
なるほど、と思えるはずです。

テーマと物語の関係性が分かってくる。
それなれば、考えなくてはストーリーが面白くならないことも分かります。
中、上級者の一番大きな壁がそれなんですけど、いずれぶつかる壁なので、今から視野に入れておいて損はありません。

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