プロフィール
自称日本一小説家志望者が好きな男
自分も書くし、小説も好きだし、同じ道の人ということもあるから好きなのか?
それは当然あります。
が、正直それだけでは説明できないくらい好きです(笑)。
放って置けないんですよねえ。
できない人ほど。
プロに比べれば素人の小説は読むのが楽ではないです。楽ではないどころではない小説もたくさんあります。
アドバイスのために、どうすれば良くなるのか一生懸命頭をひねって、答えをつかむまで何日も考え続けることもあります。
私は文が長いので、アドバイスを書くのも時間もかかる。
なかなか労力を使います。
読書感想文の宿題より大変です。
それなのに、それで貴重な休みをすべて費やしたとしても、それが全然苦ではないのです。
それどころか、私の意見で少しでも上達してくれるのであれば、楽しくてしょうがないくらいです。
なぜかは分かりませんが、だからこんなことを始めてしまうのでしょう。
文学修道所『銕龍』の批評家として
大学の文学研究会時代から、小説の上達について本気で考えてきました。
卒業後、文学修道所『銕龍』を設立。
みんなで意見を持ち寄り上達していこうという目的で作りました。
10年以上やってきましたが、批評による上達という方法は、かなり効率が良いと実感しています。
誤字脱字が良い例で、自分の小説はなかなか客観的には見られないものです。
一人では気づけないことを気づかせてもらえます。
実際に続けてきた会員はみな、地方文学賞の最終選考には残れるくらいのレベルにはなりました。
何年も一人でやってきてなかなか上手くならなかった人が、会員になってみるみる上達するということも珍しくはありません。
ただ、人の作品に意見を言うというのは非常に難しいです。
危険と言ってもいいくらいです。
誰だって自分が苦労して書いたものをほめて欲しい。
けど、ほめるよりダメ出しの方が多いのが素人の小説です。
そこにすでに矛盾と言っていい問題をはらんでいるわけです。
そういう意味で、意見を受ける側の心構えも必要ですし、意見する側も、お世辞は意味がないけど、思ったことを言うだけだとけんかになることすらあります。
批評の難しさについてはこちらで詳しく
その難しい批評を続けてきましたが、ある一定のレベル以上になると、「アドバイス」は必要なくなり、「読者の感想」の方が良くなります。
人から教えてもらうことはなくなってきて、商品としての価値を上げるためのモニターの意見、つまり、「作者」ではなく「読者」の意見が欲しくなるのです。
メンバーのレベルが高くなるにつれ、「アドバイス」より「感想」のほうが良いと思えてきて、私としては腕を存分に振るえなくなってきました。
そして『夢道』へ
「みんなで切磋琢磨」が旗印の文学修道所『銕龍』ですが、実際は私の批評が柱になっていることは現実にあります。
私がいないと崩壊してしまうほどです。
あまりできていない、上手くなりたくて苦しんでいる作者が私は好きだし、そういう人たちの力になれるだけのものを持っている、と思っています。
でも新規募集はしていないのでレベルは高いところで維持されている。
それだったら、「私一人で」「初心者相手に」やってみようと思い、四年ほど前にボランティアで不特定多数の迷える小説書きのためのサイトを作る計画を立てました。
その頃は時間があったのですが、その直後に転職してからは『銕龍』の批評すらできないくらいになってしまい、その計画は頭の中の構想で終わってしまいました。
ただ、気持ちはありました。
17年間批評をしてきて、その中で得てきたものは数知れずあるし、人の作品にアドバイスする才能を必死に磨いてきたという自負もある。
私ほど的確にアドバイスができる人はそうはいないという自信もあります。
今の仕事でマネジメントやコンサルも勉強しました。
読んで意見を言うだけにとどまらず、コンサルタントとしてマネジメントもできると思いました。
もったいない。
今は少しだけ時間が持てるようになったので、それを役立てようと思いました。
できれば一人でも多くの人にアドバイスをしたい。
しかし他に仕事をしている私の時間には限りがあります。ボランティアでできるほどの余裕はありません。
人数を絞らなくてはいけません。
『銕龍』もあえて会員制にして会費を取る形にしました。それでも良いという気持ちの人を求めるために。
だから『夢道』でもお金をもらうことにしました。
でも、金儲けが目的ではないので、アルバイトするよりも安い時給で金額を決めました。
正直、仕事だったらやっていられない金額ですが、成長してくれれば私もうれしいです。
それを喜びに、始めました。
あなたの小説の手助けができれば、私もうれしいです。
自分も書くし、小説も好きだし、同じ道の人ということもあるから好きなのか?
それは当然あります。
が、正直それだけでは説明できないくらい好きです(笑)。
放って置けないんですよねえ。
できない人ほど。
プロに比べれば素人の小説は読むのが楽ではないです。楽ではないどころではない小説もたくさんあります。
アドバイスのために、どうすれば良くなるのか一生懸命頭をひねって、答えをつかむまで何日も考え続けることもあります。
私は文が長いので、アドバイスを書くのも時間もかかる。
なかなか労力を使います。
読書感想文の宿題より大変です。
それなのに、それで貴重な休みをすべて費やしたとしても、それが全然苦ではないのです。
それどころか、私の意見で少しでも上達してくれるのであれば、楽しくてしょうがないくらいです。
なぜかは分かりませんが、だからこんなことを始めてしまうのでしょう。
文学修道所『銕龍』の批評家として
大学の文学研究会時代から、小説の上達について本気で考えてきました。
卒業後、文学修道所『銕龍』を設立。
みんなで意見を持ち寄り上達していこうという目的で作りました。
10年以上やってきましたが、批評による上達という方法は、かなり効率が良いと実感しています。
誤字脱字が良い例で、自分の小説はなかなか客観的には見られないものです。
一人では気づけないことを気づかせてもらえます。
実際に続けてきた会員はみな、地方文学賞の最終選考には残れるくらいのレベルにはなりました。
何年も一人でやってきてなかなか上手くならなかった人が、会員になってみるみる上達するということも珍しくはありません。
ただ、人の作品に意見を言うというのは非常に難しいです。
危険と言ってもいいくらいです。
誰だって自分が苦労して書いたものをほめて欲しい。
けど、ほめるよりダメ出しの方が多いのが素人の小説です。
そこにすでに矛盾と言っていい問題をはらんでいるわけです。
そういう意味で、意見を受ける側の心構えも必要ですし、意見する側も、お世辞は意味がないけど、思ったことを言うだけだとけんかになることすらあります。
批評の難しさについてはこちらで詳しく
その難しい批評を続けてきましたが、ある一定のレベル以上になると、「アドバイス」は必要なくなり、「読者の感想」の方が良くなります。
人から教えてもらうことはなくなってきて、商品としての価値を上げるためのモニターの意見、つまり、「作者」ではなく「読者」の意見が欲しくなるのです。
メンバーのレベルが高くなるにつれ、「アドバイス」より「感想」のほうが良いと思えてきて、私としては腕を存分に振るえなくなってきました。
そして『夢道』へ
「みんなで切磋琢磨」が旗印の文学修道所『銕龍』ですが、実際は私の批評が柱になっていることは現実にあります。
私がいないと崩壊してしまうほどです。
あまりできていない、上手くなりたくて苦しんでいる作者が私は好きだし、そういう人たちの力になれるだけのものを持っている、と思っています。
でも新規募集はしていないのでレベルは高いところで維持されている。
それだったら、「私一人で」「初心者相手に」やってみようと思い、四年ほど前にボランティアで不特定多数の迷える小説書きのためのサイトを作る計画を立てました。
その頃は時間があったのですが、その直後に転職してからは『銕龍』の批評すらできないくらいになってしまい、その計画は頭の中の構想で終わってしまいました。
ただ、気持ちはありました。
17年間批評をしてきて、その中で得てきたものは数知れずあるし、人の作品にアドバイスする才能を必死に磨いてきたという自負もある。
私ほど的確にアドバイスができる人はそうはいないという自信もあります。
今の仕事でマネジメントやコンサルも勉強しました。
読んで意見を言うだけにとどまらず、コンサルタントとしてマネジメントもできると思いました。
もったいない。
今は少しだけ時間が持てるようになったので、それを役立てようと思いました。
できれば一人でも多くの人にアドバイスをしたい。
しかし他に仕事をしている私の時間には限りがあります。ボランティアでできるほどの余裕はありません。
人数を絞らなくてはいけません。
『銕龍』もあえて会員制にして会費を取る形にしました。それでも良いという気持ちの人を求めるために。
だから『夢道』でもお金をもらうことにしました。
でも、金儲けが目的ではないので、アルバイトするよりも安い時給で金額を決めました。
正直、仕事だったらやっていられない金額ですが、成長してくれれば私もうれしいです。
それを喜びに、始めました。
あなたの小説の手助けができれば、私もうれしいです。